退職金税制の見直しが議論される中で、近年、退職一時金そのものの位置づけにも変化の兆しが見られます。
例えば、報道によれば、王子ホールディングスが4月以降に入社する社員を対象に退職一時金を廃止する方針とされています。
従来、退職金制度は終身雇用を前提とした日本型雇用の中核を担ってきました。長期勤続を促し、その見返りとして手厚い退職所得控除という税制優遇が設けられてきた経緯があります。
しかし近年、この仕組みが多様な働き方の選択や雇用の流動性を妨げているのではないかという指摘も見られるようになっています。
こうした指摘を背景に、退職金税制の見直しも検討されるようになっています。
また、これと並行して、実務の現場では「退職一時金を廃止する企業」や、「前払いを選択できる制度」を導入する企業も現れ始めています。
退職給付をめぐる「見えにくさ」と制度のミスマッチ
企業にとっては、人的資本の開示強化が進む中で、報酬の合理性や透明性の説明が求められるようになりました。
2026年3月期の有価証券報告書からは、経営戦略と連動した形での人的資本開示が求められ、従業員の報酬設計についても、投資家の視点がこれまで以上に向けられることになります。
このような環境の変化の中で、
・企業はコストをかけている
・従業員の関心が向きにくい
というミスマッチが意識されるようになっています。
その結果、将来の退職給付として積み立てるよりも、現在の給与として支払う方が理解されやすいといった側面もあり、「退職一時金の前払い制度」を導入する企業も出てきています。
一方、従業員側でも意識の変化が見られます。
そもそも、自分の退職金がいくらになるのか分からないといった状況は珍しくありません。
さらに、近年の物価上昇や賃上げの流れも、この変化を後押ししています。
若年層を中心に、
・初任給の水準
・手取りの増加
への関心が高まっており、企業もこれに応じて給与水準の引き上げを進めています。
加えて、NISAの普及などを通じて資産運用が身近になり、「長期で資産を育てる」という発想も一般化しつつあります。
その結果、将来の給付として企業に委ねるよりも、自ら管理・運用したいという志向も一定程度広がっているとみられます。
このような状況では、企業がコストをかけて制度を維持しても、採用や定着への効果が見えにくいという課題が生じます。
制度の見直しが意味するもの
こうした動きは、単なる報酬制度の変更にとどまらない可能性があります。
退職一時金は、終身雇用や長期雇用と密接に結びついてきた制度です。
その位置づけが相対的に弱まるとすれば、日本型雇用慣行そのものにも影響が及ぶことになります。
もっとも、すべての企業や従業員にとって、前払いが望ましいとは限りません。
・税制面での取り扱い
・自己運用のリスク
・老後資金の確保
といった点も含めて、慎重に考える必要があります。
おわりに
退職金課税の見直しという議論の背後では、「退職金を後でもらうのか、今受け取るのか」という選択そのものが、現実的なテーマになりつつあります。
この変化は、単に制度の問題ではなく、
・働き方
・資産形成
・自己責任の範囲
といった、より広い文脈とも関係してきます。
今後の制度改正や企業の対応によって方向性は変わり得ますが、少なくとも「これまでの前提が揺らぎ始めている」という点については、意識しておく必要があるのかもしれません。