2026年度税制改正において、企業グループ内取引に関する新たな制度として「書類保存特例」が創設されます。
一見すると単なる「書類保存の話」に見えますが、その実質はグループ間取引の価格設定の透明性を問う制度といえるものです。
とりわけ、これまで曖昧になりがちであった
・シェアードコスト
・マネジメントフィー
・ライセンス料
といった取引について、実務への影響は決して小さくありません。
シェアードコスト取引とは、企業グループ内で発生する共通業務(研究開発、広告宣伝、ITシステム維持管理、総務・経理・人事等の管理等)をグループ内の特定の法人に集約し、その業務に係る費用を一定の基準(売上高や人数等)に基づいてグループ各社に配賦(請求)する取引を指します。
また今回の制度で対象となる取引は、シェアードコスト取引に限らず、無形資産の譲受け・借受け(ノウハウ・特許等)、経営管理や指導に係る役務提供(マネジメントフィー)など、実態把握が難しくかつ金額が大きくなりやすい取引も含まれます。
制度の概要
本制度は、内国法人が関連者との間で一定の取引を行った場合において、既存の取引関連書類に、対価算定に必要な事項の記載がない場合、その不足部分を補う書類の作成・取得・保存を義務付けるものとされています。
具体的には、内国法人が関連者との間で特定取引を行った場合、その取引に関して、取引関連書類等にその取引に係る対価の額を算定するために必要な以下の事項の記載又は記録がないときは、これらの事項を明らかにする書類(電磁的記録を含む)を取得し、または作成し、保存することが求められます。
① 取引に関する資産又は役務の提供の明細
② 取引において内国法人が支払うこととなる対価の額の計算の明細等
また、上記の明らかにする書類の保存が法令の定めに従って行われていないことは、青色申告の承認の取消事由等となるとされています。
なお、関連者とは、移転価格税制における関連者と同様の基準により判定するとされています。
移転価格税制において、国外関連者とは、外国法人で法人と特殊の関係にあるものと定義されており、特殊の関係とは以下のような関係をいいます。
① 一方の法人が他方の法人の発行済株式等の50%以上を直接又は間接に保有する関係(親子関係)
② 同一の者によって発行済株式等の50%以上を直接又は間接に保有される法人相互の関係(兄弟関係)
③ 一方の法人が他方の法人を実質的に支配している関係(役員の兼務、取引の依存、資金調達の依存等)(実質支配関係)
④ 上記①~③が連鎖することで生じる関係
特定取引とは、販売費、一般管理費その他の費用の額の基因となる取引のうち、次の①又は②の取引をいいます。
① 関連者から内国法人に対して行う工業所有権等の譲渡又は貸付け(貸付けには権利設定などにより工業所有権等を使用させる行為を含む)。なお、工業所有権等とは次の資産をいいます。
イ 工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式又はこれらに準ずるもの
ロ 著作権(出版権及び著作隣接権その他これに準ずるものを含む)
ハ プログラムの著作物
② 関連者が内国法人に対して行う役務の提供のうち次の取引
イ 契約・協定に基づき関連者が行う、次のいずれかの事業活動
イ)関連者の産業・商業・学術に関する知識経験等の経営資源を活用して行う、研究開発、広告宣伝等の事業活動
ロ)関連者の専用資産(専ら内国法人及び関連者の事業の用に供する目的の資産)を内国法人に使用させる行為、及び専用資産の維持・管理
ロ 関連者が内国法人に対して行う、経営の管理又は指導、情報の提供等で、関連者の産業・商業・学術に関する知識経験に基づき行うもの
ハ 上記イ・ロに類する役務の提供
また、取引関連書類等とは、注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類、又はこれらの書類に通常記載される事項が記録された電磁的記録で、法令上保存が求められているものを指します。
背景にある問題意識
この制度の背景には、グループ内取引特有の課題があります。
企業グループ内では、
・利益の移転が比較的容易である
・外部比較が難しく、価格の妥当性が見えにくい
・実務上、取引金額の根拠を確認できる資料が作成されていない
といった特徴があります。
従来、この問題は主に海外取引を対象とする「移転価格税制」によって対応されてきました。
しかし、実務上は国内グループでも同様の問題が繰り返し指摘されてきた経緯があります。
今回の改正は、そうした状況を踏まえ、国内グループも含め、課税関係の適正化と透明性を確保することを目的として導入されるものです。
特に、いわゆる「シェアードコスト取引」は典型例で、グループ内で共通業務を集約し、その費用を一定基準で配賦する取引は日常的に行われていますが、配賦基準の合理性や計算根拠が曖昧になりやすい領域でもあります。
ただ、この制度は少なくとも移転価格税制のように第三者取引との比較による価格の妥当性の立証までは求められていないと考えられますが、取引実態と算定根拠を明らかにし、価格設定の経緯が記録されていることが求められます。
適用時期
本制度は国内における企業グループ内の法人間で行われる特定の取引について、取引自体や支払額の妥当性を確認可能とするための書類保存を義務付ける制度であり、2026年4月1日からの施行が予定されています。
実務上の対応ポイント
1. 対象取引の洗い出し
まずは、グループ内取引の中から特定取引に該当するものを網羅的に把握する必要があります。
特に以下は重点チェックです。
・シェアードコスト
・マネジメントフィー
・ロイヤリティ
2. 「価格の算定根拠」の見える化
求められているのは、第三者比較の厳密性ではなく、なぜその価格になったのかが説明できることです。
したがって、
・配賦基準(売上高・人数・利用時間など)
・計算プロセス
・社内検討資料
といった「意思決定の痕跡」を残すことが重要になります。
3. グループ内連携の強化
この制度は単独法人では完結しません。
関連会社間での情報共有と協力体制を確立し、必要な書類の作成・提供・受領が円滑に行われる体制を整備することが重要です。
その前提として、取引内容や取引金額の算定根拠を明確化しておく必要があります。
4. 社内規程・業務フローの見直し
経理部門だけでなく、
・事業部門
・法務部門
も含めた対応が必要と考えられます。
「取引は現場、証拠は経理」という分断を放置すると、制度対応は機能しません。
中小企業への影響
本制度は適用対象に規模要件がありません。
そのため、
・オーナー企業グループ
・中小規模の持株会社体制
においては、形式的な契約のみで運用されているケースも少なくなく、影響は広範囲に及ぶ可能性があります。
今後の注目点
現時点では、以下の点について今後の法令・通達の明確化が待たれます。
・関連者の定義の詳細
・国外関連者との取引の扱い
・実務上求められる書類水準
したがって、「どこまでやれば足りるのか」については、今後の解釈の動向を注視する必要があります。
まとめ
今回の改正は、単なる書類保存義務の強化ではなく、グループ間取引の「説明責任」を制度として明確化するものと位置付けることができます。
実務上は、
・取引の合理性
・価格設定のプロセス
・文書化の徹底
という、これまで「暗黙」で処理されてきた部分が問われることになります。
まずは取引実態と算定根拠を明らかにするための書類保存ルールと捉えると理解しやすいでしょう。
最大のリスクは、青色申告の承認が取り消される可能性がある点です。
これは単なる経費否認にとどまらず、税務上の前提そのものに影響を及ぼし得るため、特に注意が必要です。