現代の日本では、かつてないスピードで少子高齢化が進んでいます。街を歩けば、元気に働く高齢者の姿を見かけることも珍しくなくなりました。人口減少による働き手不足が深刻化するなか、高齢者や女性の社会参加は、日本経済を支える重要な要素となっています。
しかし、そのポジティブな流れの一方で、組織の活力という観点から見ると、見過ごせない問題も浮かび上がっています。それが、次世代へのバトンタッチが進まない「高齢経営者の居座り」ともいえる状況です。
労働力としての「生涯現役」
少子高齢化に伴い、日本の生産年齢人口(15〜64歳)は大きく減少しています。この状況を考えれば、就労年齢が上昇していくことは、ある意味で自然な流れともいえるでしょう。
実際、最近の調査でも、70歳を過ぎても働きたいと考える人が4割を超えるなど、働く意欲を持つ高齢者は増えています。経験豊かな人材が健康を維持しながら働き続けることは、労働力不足に悩む日本社会にとって大きな支えとなります。
また、多様な視点を持つ女性の活躍も含め、「働ける人が、働ける形で社会に参加する」環境を整えることは、持続可能な社会を考えるうえでも重要なテーマです。
経営トップにおける「居座り」という問題
ただし、ここで区別しておくべきなのが、「労働者として働くこと」と「経営者として権限を持ち続けること」です。
現場で知恵や経験を活かす高齢者の存在は歓迎される一方で、組織のトップ層において、時代の変化への対応が難しくなった経営者が長く権限を握り続けることには、別の問題が生じます。
いわゆる「老害」と呼ばれる議論の本質は、年齢そのものというよりも、過去の成功体験から抜け出せなくなることにあるのかもしれません。価値観の変化やAIの進展、サステナビリティ(ESG)への対応など、企業を取り巻く環境は大きく変化しています。こうした変化に十分に対応できないリーダーが意思決定の中心に居続ければ、組織の変革が進みにくくなる可能性があります。
さらに、業績が悪化しているにもかかわらず、「大変な時だからこそ自分が立て直すべきだ」という理屈でトップに留まり続けるケースも見られます。もちろん責任感からの判断という面もあるでしょうが、結果として世代交代の機会を遅らせてしまうことも少なくありません。「いつまでに、どの指標(利益や株価)を回復させるか」というコミットメントを示し、環境や部下のせいにせず、未達であれば退任する。それが本来の意味での結果責任ではないでしょうか。
では、業績が良いのであれば交代しなくても問題ないと言えるのでしょうか。カリスマの「個の能力」による好業績よりも、「誰がトップになっても適正に運営される組織の強靭さ(レジリエンス)」の方が、より重要なのではないでしょうか。
高齢者がトップに居座ることで失われる「若手の挑戦」や「新しい感性」は、決算書には載りませんが、膨大な「機会損失」です。実際、欧米企業ではCEO交代の平均年齢は日本よりも低く、世代交代が企業競争力の一要素として意識されています。
ガバナンスの問題として見る
こうした状況を、単に個人の資質だけの問題として片付けるのは適切ではないでしょう。むしろ、企業のガバナンスが十分に機能していないことの表れとも考えられます。
本来、取締役会は経営者の適格性を評価し、必要に応じて交代を促す役割を担っています。しかし、取締役が経営者と近い関係の人物で占められていたり、社外取締役の役割が形式的なものにとどまっていたりすれば、経営トップの交代は実質的に難しくなります。
その結果、結果責任を取らずにトップに留まり続ける経営者が生まれやすくなり、組織の新陳代謝が進まなくなります。こうした状況は、若手や中堅社員のモチベーション低下を招き、イノベーションの芽を摘んでしまうことにもつながりかねません。
もっとも、役職定年制や指名委員会といった仕組み自体は、多くの上場企業ですでに導入されています。それでもなお、創業者でもないサラリーマン経営者が長期にわたりトップの座にとどまり続けるケースが見られるのはなぜでしょうか。もちろん創業者であっても引き際が重要であることはいうまでもありません。
その背景には、制度そのものが存在しないというよりも、制度が十分に機能していないという問題があると指摘されています。
例えば、CEOの後継者を選ぶ指名委員会が設置されていても、そのメンバーとなる社外取締役の人選に現職CEOの影響力が強く働いている場合、実質的なチェック機能は働きにくくなります。また、役職定年制があっても、「取締役会が特に必要と認めた場合は例外とする」といった規定によって、事実上の続投が可能になっているケースもあります。
さらに、日本企業では、退任後も「会長」や「相談役」「顧問」として組織内に影響力を持ち続ける慣行が残っていることも少なくありません。こうした状況では、形式上は世代交代が行われても、実質的な権限移譲が進まないという問題が生じます。
つまり、制度という「形」があっても、それが十分に機能していなければ、組織の新陳代謝は進まないのです。
近年は東京証券取引所のガバナンス改革の流れや海外投資家からの圧力の中で、こうした相談役・顧問制度の見直しや、社外取締役が主導する独立性の高い指名委員会の設置などが求められるようになっています。かつては「後継者がいない」「まだ恩返しが終わっていない」といった精神論で続投が正当化されることもありましたが、現在ではROEやPBRといった資本効率の指標を通じて、投資家から経営の適格性が厳しく問われる時代になりつつあります。
権限と知恵を切り離すという発想
では、少子高齢化社会のなかで、どのような仕組みが望ましいのでしょうか。
一つは、「引き際」を個人の判断に任せるのではなく、制度として整えることです。役職定年制や指名委員会の実効性を高めることで、組織として世代交代を促す仕組みを機能させることが求められます。制度という「仏」を作っても、そこに「魂(独立性)」が入っていなければ機能しません。仕組みとして新陳代謝を促すことが不可欠です。
もう一つは、高齢者の役割を見直すことです。経営の意思決定は次世代に委ねつつ、豊富な経験や人脈を持つ高齢経営者が、アドバイザーやメンターとして組織を支える。つまり、「権限」を手放し、「知恵」を提供する立場へと役割を移していくという発想こそ真に責任ある最後の役割と言えるのではないでしょうか。
「生涯現役」とは、いつまでも権限を持ち続けることを意味するものではありません。自らの役割を見極め、次の世代が活躍できる環境を整えて身を引くことも、リーダーとして重要な責任の一つといえるでしょう。
高齢者が働き続ける社会と、世代交代が進む社会は、本来両立できるはずです。若い世代が希望を持って挑戦し、高齢世代がその経験で支える。
そうした世代の循環が機能する社会こそが、これからの日本に求められている姿なのではないでしょうか。