日本の社会保障制度は、いま大きな転換点に立っています。
少子高齢化による社会保障費の増大、地政学リスクを背景とした防衛費の引き上げ、物価高への各種対策、そして金利上昇に伴う国債利払い費の増加。国の財政収支を圧迫する要因は、同時多発的に存在しています。
こうした状況のなかで、将来的に不人気な増税は避けられないとも言われています。問題は、「どこから、どのように負担を求めるのか」という点です。
金融所得と医療保険制度の歪み
報道によると、健康保険制度をめぐる改正案の概要が明らかになっています。注目されているのは、金融所得と高齢者医療保険との関係です。
これまで、医療保険料や自己負担割合は、主として年金などの所得を基準に判定されてきました。株式の配当や売却益といった金融所得については、確定申告を行った場合にのみ制度上反映される仕組みとなっており、申告をしなければ保険料や自己負担割合には影響しません。
その結果、同程度の経済力を持っていても、確定申告の有無によって負担に差が生じる構造が生まれていました。
「正直に申告した人だけが不利になるのではないか」という不公平感が、長らく指摘されてきた理由です。
今回の改正案では、75歳以上の後期高齢者に対して上場株式の配当などを支払った金融機関が、その支払内容をオンラインで保険者に報告する仕組みが導入される見通しです。金融所得を申告の有無に左右されず、制度に反映させようとする試みといえるでしょう。
※金融所得の医療保険への反映の取扱いについては、こちらの記事でも詳しく解説しています。
世代をまたいだ公平性を確保するという視点
これにより、金融所得も保険料算定の前提として反映される可能性が高まります。もっとも、施行時期は政令で定められ、公布から5年以内とされており、この制度改正が実際に機能するまでには一定の時間を要します。
そうなると、現在すでに高齢期にあり、多額の金融資産を保有している層については、
「制度が整う前に、結果的にほとんど負担しないまま終わってしまうのではないか」
という感覚が生まれます。
この制度の空白期間に対する違和感は、感情論というよりも、制度改正に伴う時間差が生む素朴な疑問だといえるでしょう。
こうした動きの背景には、世代間・所得階層間の不公平感があります。
現役世代は給与所得が把握されやすく、社会保険料も自動的に天引きされます。一方で、高齢期に入り、金融資産からの収入が中心となった層については、その負担が相対的に軽く見えるケースもありました。
結果として、「今の富裕層高齢者は制度の網をすり抜けているのではないか」という疑念が生まれやすい構造になっていたとも言えます。今回の改正は、こうした制度上のギャップを少しずつ埋めようとする試みと捉えることができるでしょう。
所得再分配と税制の限界
所得の偏りを是正する仕組みとして、所得税の累進課税があります。給与や事業所得については、所得が増えるほど税率が高くなり、一定の再分配機能を果たしています。
しかし、金融所得は事情が異なります。株式の売却益や配当は、金額の多寡にかかわらず一律の税率が適用されるため、所得が極めて高い層ほど、全体としての税負担率が低下する現象が生じます。いわゆる「1億円の壁」と呼ばれる問題です。
この構造のもとでは、生前の所得課税だけで不平等を是正することには、限界があります。
相続税は「最後の砦」となり得るのか
そこで浮かび上がるのが、相続税の役割です。
資産は一部の人に集中しやすく、そのまま放置すれば、格差は世代を超えて固定化されていきます。相続というタイミングで課税する相続税は、支払い能力が明確になった局面で負担を求めることができる点で、制度的な合理性を持っています。
もっとも、相続税の見直しや課税強化にも、一定の時間を要します。社会保障制度の改正と同様、その効果が現れるまでにはタイムラグが生じる可能性があります。
それでもなお、制度改正によって生じる空白を最終的に受け止める仕組みとして、相続税を「最後の砦」と位置づける考え方には、一定の意味があるように思われます。
問われているのは「負担のあり方」
もっとも、相続税の強化だけですべてが解決するわけではありません。
金融所得の把握や社会保険料との連動に加え、社会保障の安定財源として位置づけられている消費税との役割分担など、制度全体をどう設計するかが問われています。
高齢者か現役世代か、富裕層かそうでないか、といった単純な対立ではなく、実態に即した公平性をどう実現するのか。金融所得の“見える化”は、その第一歩にすぎないのかもしれません。
今後の議論の行方を、引き続き注意深く見ていく必要がありそうです。