民間シンクタンクの日本総合研究所が、2025年の出生数(日本人)は66.5万人にとどまるとの試算を12月4日に公表しました。厚生労働省が11月までに公表した人口動態統計のデータをもとに推計したものとされており、現在の少子化の深刻さを改めて示す数字と言えます。
一方、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が2023年に公表した将来推計人口では、2025年の出生数(日本人)を中位推計で74.9万人と見込んでいました。今回の民間試算が示した66万人台は、社人研の基本シナリオの中位推計より大きく下回り、むしろ低位推計(65.8万人)に近い水準です。
このペースで出生数が減少すると、本来は「2041年」に到達するはずだった66万人台に、20年近く前倒しで到達してしまうことになります。少子化の進行が、想定よりかなり速い可能性が浮き彫りになっています。
なぜ「甘い推計」が問題なのか
人口推計は、社会保障や教育、労働政策など、国の制度設計の根幹に関わる前提条件です。にもかかわらず、実態より楽観的な推計に基づいて政策が立案されれば、対策が後手に回る恐れがあります。
例えば、
・出生数減少による保育・教育の再配置(出生)
・医療・介護分野の人材確保(人口構造の変化)
・地域コミュニティの空洞化(地域人口の減少)
・地方財政・インフラの維持(自治体の基盤)
・税・社会保障制度の持続可能性(国全体の財政)
これらはすべて、実態を踏まえた人口見通しを前提にする必要があります。甘い前提に立てば、少し先の未来で「制度疲労」が一気に顕在化するリスクがあります。
政策の前提は「現実ベース」に
もちろん、推計には不確実性がつきものです。しかし、足元の出生数の落ち込みが明確に加速している以上、中位推計ありきで楽観的なシナリオに依存するのは、もはやリスクと言わざるを得ません。
人口減少は一度進み始めると、容易には跳ね返せません。だからこそ、現実を直視し、より厳しめの前提を政策に組み込む姿勢が求められているように思います。
こうした問題意識に触れたとき、寺島実郎氏が学長を務める多摩大学の入学式祝辞で述べられた次の言葉がふと頭をよぎりました。
「とかく今、日本全体が、世の中全体が、今・ここ・私と言って、今のことしか考えない、ここのことしか考えない、私のことしか考えないという世界観の中にはまりつつあります。」
これは、いわば「今だけ」「ここだけ」「私だけ」という狭い視野にとどまれば、時間(過去〜未来)、空間(地域・国家・世界)、そして他者(社会全体)への配慮や思索が失われてしまう、という警鐘を鳴らす言葉です。短期的で自己中心的な姿勢を戒め、より広い時間軸と空間軸に目を向けるべきだという問題提起でもあります。
人口という「未来の前提条件」をどう扱うかは、まさに私たちがこの姿勢をどこまで自覚し、改められるかが問われているのかもしれません。

