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ふるさと納税がもたらした想定外の歪み

ふるさと納税制度は、個人が応援したい自治体へ寄附を行うことで税制上の優遇措置を受けられる仕組みです。当初は、地方で生まれ育ち都市部で暮らす人が、自らの故郷へ貢献する手段として創設されました。

 

しかし、魅力的な返礼品の登場と、寄附手続きを簡便にするポータルサイトの普及やワンストップ特例の導入により、制度の利用者は急増しました。その結果、制度の性格は「ふるさとへの貢献」という当初の理念から離れ、実質的には「返礼品」という経済的便益を目的とした、税優遇付きの全国的な「通信販売」市場へと変質していると指摘されています。

 

「高所得者ほど得をする仕組み」という批判

一方で、この制度が「高所得者ほど得をする仕組み」になっているという批判も根強くあります。寄附金が個人住民税の所得割の2割に達するまで特例控除が適用されるため、控除余地の大きい高所得者ほど自己負担2,000円で多くの返礼品を受け取ることができます。寄附額が上限に達するまでは、寄附を増やすほど「お得度」が高まる構造となっており、結果的に高所得層がより大きな恩恵を受ける仕組みになっています。制度の拡大はこうした歪みや摩擦を生み、高所得者が多く居住する都市部にとっては、住民税流出という形で財政を圧迫する深刻な課題となっています。

 

もっとも、東京一極集中が税収の偏在を生んでいるという現実もあり、問題は一筋縄ではいきません。

 

最近の裁判事例と制度改定の動き

近年は裁判例や制度改定議論が注目されています。国は2019年度税制改正で返礼割合3割以下の地場産品に限定し、2023年10月には経費基準等の運用を見直し、さらに2025年10月からは仲介サイトを通じたポイント付与を禁止しました。しかし、なお制度の根幹に関わる問題は解消されていません。

 

代表的な争点の一つが、寄附金が多額に上る自治体に対して国が交付税を減額するなどの措置をとったことの適法性です。大阪・泉佐野市を巡る一連の訴訟では、一審で自治体側の主張が認められたものの、二審で「訴訟要件の欠如」を理由に却下。最高裁が差し戻しを命じ、最近の差し戻し審で再び自治体勝訴が報じられています。今後、国と地方の財政調整のあり方に一石を投じる可能性があります。

 

都市部から地方への「税源流出」という現象

全国のふるさと納税受入額は2023年度に過去最高の約1.1兆円に達しました。寄附を行った個人の住民税の一部は居住地の自治体から寄附先へ移転するため、高所得者が多い都市部(特に東京23区など)では歳入減少が深刻化しています。東京都では、ふるさと納税による減収額が年間数百億円に達し、子育て支援やインフラ整備など都市型行政サービスへの影響が懸念されています。「地方支援」が結果的に都市の財政を弱めるという逆転現象が生じているのです。

 

税収の偏在是正という本来の目的

一方で、ふるさと納税は「東京一極集中による税収の偏り」を是正し、地方の自主財源を確保するという目的で創設されました。人口減少や産業空洞化に直面する地方では、特産品の販売促進や地場産業の振興に一定の効果を上げています。都市部の減収は地方の増収の裏返しでもあり、双方の立場にそれぞれの合理性があります。

 

「公平性」と「政策目的」のねじれ

問題を複雑にしているのは、ふるさと納税が「地方交付税」という既存の財政調整制度と併存していることです。地方交付税は財政力の弱い自治体を支えるための制度ですが、ふるさと納税は個人の寄附行動を通じて税収を再配分する仕組みです。国の制度的平等化と、個人の選好による市場的再配分が異なる方向に働くことで、財政のねじれや不安定化を招いています。

 

地方間でも、返礼品やPR力の差により寄附額の格差が拡大しています。「地方創生」を掲げながら、結果的に地方の中で競争と分断を生む皮肉な状況です。

 

今後の方向性を考えるために

ふるさと納税の見直しに向けて、さまざまな議論がありますが、次の3点が重要な視点になると思われます。

 

第一に、都市と地方の財政バランスの問題です。控除上限や寄附総額の制限、あるいは地方交付税の算定方法による調整など、都市部への影響を緩和する仕組みの検討が求められます。

 

第二に、制度の公平性です。「高所得者優遇」との批判に応えるため、控除率を所得階層に応じて段階的に設定するなど、税制の累進性を維持しながら公平性を高める工夫が必要です。

 

第三に、地方間の競争と格差の問題です。ふるさと納税は地方の自主財源を拡充する一方で、返礼品やPR戦略の巧拙によって寄附額に大きな差が生じ、地方の中でも「勝ち組」と「負け組」が生まれています。制度が地域振興の格差を広げる方向に働かないよう、返礼品ルールの明確化や運用の透明性向上を通じて、より公平で持続的な制度への再設計が求められます。

 

また、制度の持続性を高めるには、利用者にとって分かりやすく、誤りの起きにくい仕組みとすることも重要です。たとえば、ワンストップ特例を申請した後に医療費控除などで確定申告が必要になった場合、ふるさと納税の申告を忘れると控除が受けられないといった適用漏れのリスクもあり、制度の簡素化が求められます。

 

まとめ

ふるさと納税は、都市の財政を圧迫しつつ地方の税収を補い、同時に「高所得層優遇」と「制度の公平性」を問う多層的な構造問題です。部分的な修正ではなく、制度全体を見直す包括的な財政再設計が求められています。