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最低賃金引き上げの行方―生活保障から人口減少対策へ

2025年度の最低賃金が決まりました。全国加重平均で時給1,121円、昨年度より66円増という過去最大の伸び幅です。国が示した目安を上回る地域も多く、最低賃金の位置づけがこれまで以上に大きく変わりつつあります。

 

人口減少対策としての最低賃金

最低賃金は本来、労働者の生活を守るためのセーフティーネットとして機能してきました。しかし近年では、それに加えて「人口減少対策」としての役割も意識され始めています。若い世代が安心して働き、地域に定着できる環境を整えることが、少子化・人口減少の流れを和らげる一助になるとの見方です。

 

政府が掲げる「時給1,500円」目標

政府は2020年代のうちに最低賃金を1,500円に引き上げる目標を掲げています。今回の引き上げはその道筋を意識したものといえますが、生活費の上昇に加え、国際的にも賃金水準が相対的に低い日本においては、賃上げは避けて通れない課題です。

 

「106万円の壁」の撤廃へ

今回の最低賃金引き上げにより注目されるのが、いわゆる 「年収106万円の壁」 です。

 

週20時間以上働けば、すべての都道府県で月収が 8万8,000円(年収106万円相当) を超える水準となるため、社会保険加入の賃金要件が事実上なくなります。実際、今年6月に成立した年金制度改革関連法では、この要件を3年以内に撤廃することが定められており、厚生労働省は早ければ2026年10月に社会保険の加入義務を広げる見込みです。

 

中小企業に求められる生産性改革

一方で、急激な賃上げは中小企業にとって大きな負担となります。人件費を価格に転嫁できない業種も多く、単なる「賃上げ」だけでは持続可能な経営は成り立ちません。今後は生産性の向上や業務効率化、デジタル化・省力化投資などを組み合わせていくことが不可欠であり、官民連携による支援策も欠かせません。

 

この点について、デービッド・アトキンソン氏は著書『日本人の勝算:人口減少×高齢化×資本主義』の中で、人口減少と超高齢化が進む状況下では「年率4~6%のペースで最低賃金を引き上げる必要がある」と指摘しています。さらに、「賃上げによって利益を確保できない企業は市場から退出を迫られ、一方で生産性の高い企業が生き残る」ことで経済全体が強靭化するという見方も示されています。これは、最低賃金引き上げを単なるコスト増ではなく、日本経済の構造転換を促す視点といえるでしょう。

 

最低賃金の問題は、労働環境にとどまらず、日本社会が抱える人口減少や格差拡大といった構造的課題とも直結しています。その議論の行方は日本の将来像を左右するものであり、「誰もが安心して働き暮らせる社会」を実現するために、賃上げをどう支え、どう持続させるかが重要な課題となるでしょう。