企業年金は、年金制度のいわゆる「3階部分」にあたり、「年金」または「一時金」で受け取ることができます。企業によっては、いずれかを選択できる場合や、両方を併用できる場合もあります。
年金には、一生涯にわたって年金を受け取れる「終身年金」と、支給期間が定められた「有期年金」があります。
このうち「終身年金」は、生きている限り給付が続くため、老後資金の安定確保や長寿リスクへの備えとして、経済的には非常に合理的な選択肢とされています。
にもかかわらず、実際には多くの人が一時金での受け取りを選んでいるのが現状です。この理論と実態のギャップは「終身年金パズル」と呼ばれ、長年にわたり議論されてきました。
背景には、「それほど長生きしないかもしれない」「途中で亡くなった場合に家族に資産を残せない」といった心理的な不安が挙げられます。
また、「自分で運用したほうが利回りが高くなるのではないか」という投資志向も一因と考えられます。
特に一時金での受け取りには、住宅ローンの繰上げ返済や住宅の修繕、まとまった旅行費用など、一定の時期にまとまった資金を必要とするライフイベントに対応できるという、現実的なニーズがあります。
年金 vs 一時金:どう考える?
年金で受け取るか、一時金で受け取るかを検討する際には、まず損得の目安を把握することが大切です。
たとえば、「年金を何年間受け取れば一時金の額を上回るか」といった試算をしてみると、判断の参考になります。
一般的には、年金の総受取額の方が一時金よりも多くなるように設計されています。これは、一時金が早期に支払われる分、将来得られるはずだった利息相当分が差し引かれているためです。
一方、一時金のメリットは資金の自由度にあります。老後資金として自分で運用するだけでなく、住宅改修、家族旅行、医療・介護への備えなど、使い道を自分で決められる点が魅力です。
また、税制面でも一時金には有利な点があります。退職時に一括で受け取る退職一時金は「退職所得」として扱われ、退職所得控除や分離課税といった優遇措置の対象となるため、税負担が軽くなる場合があります。
さらに、企業年金や基金の運営主体に不安を感じる人もいます。多くの制度では一定のセーフティネットが整備されていますが、将来にわたる給付の安定性に懸念がある場合には、一時金で資金を確保しておいたほうが安心だと感じることもあるでしょう。
ただし、一時金を受け取った後に自分で運用する場合には、当然ながら運用リスクが伴います。想定通りの成果が得られず、老後の生活資金が目減りしてしまう可能性もあるため、慎重な判断が求められます。
正解はなく、「納得解」を探す
終身年金を選ぶかどうかは、単なる損得だけで決められるものではありません。個人の価値観やライフプラン、家族構成、資産状況、リスク許容度など、さまざまな要素が絡み合います。
老後資金の確保に「正解」はなく、大切なのは自分なりの納得解を見つけることです。そのためには、制度の仕組みや受け取り方法の特徴を理解し、自身の目的や優先順位を明確にした上で判断する必要があります。
「どう生き、どう使うか」への視点転換
不確実性が高まり、長寿が前提となった今、「いかに貯めるか」だけでなく、「どう生き、どう使うか」という視点の転換も求められています。
たとえば、日本でもベストセラーとなったビル・パーキンス著『DIE WITH ZERO』では、「人生の価値は富の最大化ではなく、経験の最大化にある」と説かれています。
老後の備えを十分に整えたうえで、資産を“ゼロ”にする覚悟で豊かな経験を重ねていく。こうした考え方が、これからのライフプランを考えるうえでヒントになるかもしれません。
もちろん、誰にも自分の寿命はわかりません。しかし、安心できる備えを整えたうえで、思い切って資産を活かすという発想が、豊かで充実した人生につながるのではないでしょうか。
そして何より、そうした人生を支えるのは心と体の健康です。資産形成も活用も、健康という土台の上にあってこそ意味を持つのだと思います。