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国際税制の行方〜米国の対応がもたらす影響〜

 長年、企業は法人税率の低い国で利益を計上し、各国は投資誘致のため税率引き下げ競争を繰り広げてきました。

 

 こうした多国籍企業による利益移転と「底辺への競争(race to the bottom)」を抑制するため、2021年には136カ国・地域がOECD主導で、法人税に最低税率15%を課す「グローバル・ミニマム課税」に合意しました。

 

 これは、実効税率が15%を下回る企業に対し、他国がその差分を課税できる仕組みです。

 

 また近年では、デジタル課税に関する国際的な議論が活発化しています。

 

 とりわけGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)などの巨大IT企業が各国で多額の収益を上げながらも、従来の税制では十分な課税が行われていない点が問題視されてきました。

 

 こうした背景から、OECDを中心に「グローバル・ミニマム課税」や「デジタル課税」といった新たな国際課税の枠組みが検討されています。

 

OECDの「二本柱」アプローチ

 OECDは、国際税制改革の一環として「二本柱」のアプローチを提案しています。

 

・第一の柱(Pillar One):デジタル企業を含む巨大多国籍企業の課税権を、単に物理的拠点に基づくのではなく、収益が生じる市場国にも配分する仕組み。

 

・第二の柱(Pillar Two):法人税率の最低水準(15%)を国際的に設定し、低税率国への利益移転を抑制するグローバル・ミニマム課税の導入。

 

 この枠組みにより、各国の税収基盤を強化し、公平な競争環境を整備することが期待されています。

 

米国の対応と国際課税の不透明化

 しかし、この国際的な取り組みに対し、米国は慎重な姿勢を崩しておらず、大きな課題となっています。

 

 2025年1月20日、米国は国際財政改革からの離脱を表明し、デジタル課税などの国際合意に縛られない方針を打ち出しました。

 

 米国では法人税収の比率が低く、共和党を中心にグローバル・ミニマム課税への反発が強まっています。

 

 特に、米企業に対する他国の課税権が拡大することに強い懸念を示しています。

 

 これは「軽課税国ルール(UTPR)」に関するもので、多国籍企業グループの親会社等の所在地国(米国)における実効税率が最低税率を下回る場合に、他国に所在する子会社等に対して、その税負担が最低税率相当に至るまで課税する仕組みであり、これにより米企業に対する他国の課税権が拡大する懸念があるとして強く反対しています。

 

 なお、日本では、グローバル・ミニマム課税の3つのルールのうち、すでに所得合算ルール(IIR)は2023年度税制改正により導入済みであり、軽課税国ルール(UTPR)および国内ミニマム課税(QDMTT)は2025年度税制改正で導入される予定です。

 

 国際的な「底辺への競争」の再燃も懸念されており、国際課税の安定化にはなお課題が残されています。

 

米国が逆行すれば、貿易摩擦の火種に

 日本を含む約40カ国はすでに上乗せ課税の法制化を済ませており、米国がこの流れに逆行する場合、貿易紛争に発展する可能性もあります。

 

 その結果、OECDによる枠組みの実現は不透明な状況となっています。また、OECD主導の「デジタル課税」についても、米国の反対により合意に至らず、多国間条約の発効が困難になりつつあります。

 

 これにより、各国が凍結していたデジタルサービス税(DST)の導入を再開する動きが加速する可能性があります。

 

 DSTは、多くの国が米国の巨大テック企業を対象に導入を検討していたものの、OECDでの国際合意を見据えて保留されてきました。

 

 しかし、各国が独自にDSTの導入に踏み切れば、米国が懲罰的な課税や報復関税といった対抗措置を講じる可能性もあります。

 

 実際に、米国は欧州やカナダのDSTに対して、報復関税の導入を検討しているとされています。

 

 今後、各国でDSTが導入されて課税をめぐる争いが激化すれば、国別の対応が必要となることから負担が増えて困るのは対象企業が多い米企業と考えられます。

 

デジタル企業への影響と今後の展望

 DSTは売上高に対して課税される仕組みであるため、法人税のように外国税額控除の対象とならない可能性もあり、二重課税のリスクが高い点にも注意が必要です。

 

 こうした動向の中、デジタル課税は当初想定されていた国際的な法人税改革としての実現が難しくなりつつあり、各国のDSTの恒久化が進む可能性が高まっています。

 

最後に

 米国の消極姿勢は、国際税制改革の進展に大きな影響を及ぼす可能性があります。

 

 とりわけOECDでの多国間合意が実現しなければ、各国は個別に税制を導入する必要が生じ、結果として国際的な税制競争が再び激化する恐れがあります。

 

 たとえば、欧州諸国が個別にDSTを強化すれば、米国との貿易摩擦が一層深刻化することも考えられます。

 

 企業側にも、税制環境の変化に応じた戦略の再構築が求められます。特にデジタル企業にとっては、どの国で、どのような形で課税されるかがビジネスモデルそのものに大きく影響する可能性があります。

 

 国際税制の行方は、各国の経済政策や企業活動に直結する重要なテーマです。

 

 OECDの枠組みが実現すれば、公平な税負担に向けた大きな前進となりますが、米国の反発が続く限り、各国の足並みは乱れ、税制の不確実性が高まることは避けられません。

 

 先月のG20では、デジタル課税を含む国際課税改革に関し、遅れている多国間条約などの進捗状況を10月までに報告するよう要請がなされました。

 今後も、米国を含む主要国の動向に注目が集まります。